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著者

記事が二回以上引用する人々を引用数の順に並べた。近現代の歴史家、一次史料を書き残した宣教師や商人、そしてそれらの史料を読めるものにした編者である。最も多く引用される著者には、短い人物紹介と読みどころを付した。

主要著者

記事全体で5回以上引用されている著者。

C. R. Boxer (1904–2000)

100本の記事で149回引用

アジアにおけるポルトガルとオランダの海洋帝国を描いたイギリスの歴史家で、The Christian Century in Japan, 1549–1650 の著者。

人物像
チャールズ・ラルフ・ボクサー(Charles Ralph Boxer)は60年にわたり、アジアにおけるポルトガルとオランダの海洋帝国の物語を英語圏の読者に語り続けた。なかでも特別な眼差しを注いだのが、日本のキリシタンの世紀(1549–1650)である。未刊のポルトガル語写本の校訂から出発し、やがて人種・ジェンダー・帝国統治をめぐる幅広い比較史へと歩みを進めた。そのすべての中心にあるのが、マカオ=長崎間の生糸貿易、1644–1647年のポルトガルの対日使節、そして Estado da Índia(ポルトガル領インド)の内側の仕組みである。
読みどころ
ボクサーはポルトガルとオランダの文書館を知り尽くし、帝国をロマンで飾ることなく、冷静な目で細部まで豊かに描いた。キリシタンの世紀、マカオ=長崎貿易、1644–1647年の使節について知りたいなら、今もまず彼から読み始めるのがよい。
Nanban.ptで引用している著作

Michael Cooper (1930–2018)

64本の記事で76回引用

ロンドン生まれの日本史家で、Monumenta Nipponica の編集長(1972–1997)を務め、16世紀日本をめぐるヨーロッパ人の記録の翻訳で知られる。

人物像
英語圏の多くの読者にとって、日本のキリシタンの世紀をめぐるイエズス会の史料への扉を開いたのがマイケル・クーパー(Michael Cooper)である。ポルトガル人やスペイン人の宣教師の報告を翻訳し、マカオ=長崎間の生糸貿易が実際にどう動いていたかを解き明かし、Rodrigues the Interpreter ではイエズス会士ジョアン・ロドリゲスの生涯をたどった。その物語は1543年から1640年まで、京都からマカオ、さらに中国にまで広がる。彼はその時代のヨーロッパ人の報告を、アンソロジー They Came to Japan に集めた。
読みどころ
クーパーは宣教師たち自身に語らせる。彼らの書簡や報告を、明快で読みやすい英語に移し替えたのである。クーパーを通して読めば、日本の貿易や日々の風習が、イエズス会士の目に映ったとおりの姿で細やかに浮かび上がる。
Nanban.ptで引用している著作

George Elison (Jurgis Elisonas) (1937–2025)

70本の記事で75回引用

Deus Destroyed の著者であるアメリカの日本学者で、日本におけるキリスト教の没落を、台頭する世俗国家との衝突として読み解いた。

人物像
ジョージ・エリソン(George Elison)は、日本におけるキリスト教の崩壊を単なる迫害の物語以上のものと見た。それは台頭する世俗国家との思想の衝突だったのである。初期の仕事は、この信仰が神学の面でも政治の面でも徳川の秩序になじみえなかった理由を示し、Deus Destroyed は近世日本におけるキリスト教像をたどる。のちに彼は戦国時代そのものに向き合い、それを文化の融合と国家形成の活気に満ちた時代として描き直した。Warlords, Artists, and Commoners の日本である。
読みどころ
エリソンは政治の歩みを、同時代の美術・祭礼・茶の湯と並べて描き、翻訳された一次史料に拠りながら、物語の一つひとつの転回に明快な理由を与える。キリスト教と徳川の秩序がなぜ共存できなかったのかを知るには、彼を読むのがよい。
Nanban.ptで引用している著作

Derek Massarella (b. 1950)

46本の記事で47回引用

近世のヨーロッパとアジアの関係を研究する歴史家で、1981年から東京の中央大学で教授を務め、平戸のイギリス商館の研究で知られる。

人物像
デレク・マサレラ(Derek Massarella)は、刊行された旅行記の先へと踏み込み、商館そのものが残した未刊の記録にあたる。そこに浮かび上がるのは、実際に営まれていた近世日本のヨーロッパ貿易の姿、すなわち現実的で、しばしば混沌とした姿である。大きな主題は平戸のイギリス東インド会社であり、あわせて徳川の朱印状や、東アジア貿易をめぐる英蘭の競り合いを描く。写本史料をもとにキリシタンの世紀(1543–1650)と清への移行期の歴史を正し、A World Elsewhere では16・17世紀にわたるヨーロッパと日本の出会いをたどる。
読みどころ
マサレラは外交文書の一つひとつを丹念に読み、何が書かれているかだけでなく、それがどこから来たのかを問う。イギリスとオランダの商館、そしてそれを取り巻く平戸の暮らしについて、安心して頼れる案内役である。
Nanban.ptで引用している著作

Stephen Turnbull (b. 1948)

42本の記事で43回引用

イギリスの日本史家で、数多くの著書によって武士の戦いや日本のかくれキリシタンを一般読者に生き生きと伝える。

人物像
スティーヴン・ターンブル(Stephen Turnbull)は、戦う日本をめぐる英語の本を、ちょっとした図書館ができるほど書いてきた。入り組んだ戦国時代の合戦を、誰もが追える物語に変えてみせるのである。扱う範囲は平安時代から江戸時代まで、日本から朝鮮、東南アジアにまで及び、とりわけキリシタンの世紀(1549–1650)に力点があって、かくれキリシタンの研究もある。出発点は The Samurai: A Military History(1977年)で、1999年から2010年にかけては Osprey から短い軍事史を次々と送り出し、2011年以降は俗説を打ち破り、新たな領域を切り拓いている。
読みどころ
ターンブルの文章はまれに見る明快さで、込み入った軍事の細部をすらすら読める物語に変える。甲冑や城郭を読み解く確かな目も備えており、読者は戦場の姿をありありと思い描くことができる。
Nanban.ptで引用している著作

Luís Fróis (1532–1597)

31本の記事で32回引用

日本におけるイエズス会布教を記録したポルトガルの宣教師で、Historia de Japam と、ヨーロッパと日本の風習を対比した1585年の論考を著した。

人物像
ルイス・フロイス(Luís Fróis)は、16世紀日本のイエズス会布教の内側から筆を執った。その記録は詳しく、生き生きとして、出来事のすぐそばにある。布教の歴史であると同時に、ヨーロッパと日本の暮らしぶりを比べた独創的な比較でもある。扱うのは1549年から1597年まで、布教が根を下ろした九州・京都・大坂である。中心にあるのは1549年から1593年までの布教史 Historia de Japam で、これに現地から送った書簡と、ヨーロッパと日本の風習の違いを論じた1585年の論考が加わる。
読みどころ
フロイスを読めば、宣教師たちの日々の暮らしや個々の大名とのやりとりに、驚くほど細やかに立ち会うことができる。1587年の迫害と1597年の殉教については自ら見聞した記録を残し、ヨーロッパと日本の違いを一項目ずつ並べた目録は、それだけで読む楽しみがある。
Nanban.ptで引用している著作

Alessandro Valignano (1539–1606)

22本の記事で23回引用

イタリア出身のイエズス会宣教師で、アジアのイエズス会布教の巡察師として、日本における適応主義の戦略を打ち出した。

人物像
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano)の著作には、1542年から1606年までのアジアにおけるイエズス会布教が、自らの歩みについて残した記憶が詰まっている。その多くは巡察師の時代に書かれた。Cerimoniale(1581年)と Sumario de las cosas de Japón(1583年)、1542年から1564年までの東洋における布教を扱う Historia del principio y progreso、天正遣欧使節にかかわる Catechismus(リスボン、1586年)と対話篇 De missione legatorum(マカオ、1590年)、そして Adiciones(1592年)と、日本と中国のイエズス会士を批判者から擁護した Apología(1598年)である。スペイン語・ラテン語・イタリア語・ポルトガル語で書かれたその著作は、日葡の出会いそのものと同じく多くの声をもっている。
読みどころ
ヴァリニャーノの著作では、イエズス会布教そのものが自らを語り、その兵站・政治・神学について直接の詳細が得られる。適応主義の戦略を打ち出し、天正遣欧使節を記録し、イエズス会士がヨーロッパとアジアの双方に自らをどう示したかを明らかにしている。
Nanban.ptで引用している著作

Ikuo Higashibaba

21本の記事で21回引用

天理大学の比較宗教学者で、日本人改宗者の目を通してキリシタンの信仰と実践の歴史を描く。

人物像
東馬場郁生(Ikuo Higashibaba)は、近世日本のキリスト教を、失敗に終わったヨーロッパからの輸入品としてではなく、日本の人々が自分たちのものとし、もとからの信仰と溶け合わせた信仰として捉える。1549年から1650年の九州・天草・長崎を舞台に、日本語のカテキズムを宣教師の記録と並べて読み、平信徒の改宗者たちが何を信じていたのかを掘り起こす。Christianity in Early Modern Japan を含む初期の仕事(2000–2001年)でこの「下からの歴史」を打ち出し、2025年の論考では、キリスト教の翻訳において日本の人々が果たした役割にあらためて光を当てている。
読みどころ
東馬場は日本語のキリシタン文献を丹念に読み、宣教師の記録や在地の史料と突き合わせることで、普通の人々が生きた信仰の姿を浮かび上がらせる。その成果は、ヨーロッパの視点から語られてきた歴史に対する、明快で新鮮なもう一つの見方である。
Nanban.ptで引用している著作

Hubert Cieslik (1914–1998)

18本の記事で18回引用

ドイツ出身のイエズス会司祭で初期日本キリスト教史の研究者であり、1934年から日本で活動し、広島への原爆投下を生き延びた。

人物像
フーベルト・チースリク(Hubert Cieslik)は、史料をつなぎ合わせ、殉教者たちの生涯を語り直すことで、日本のキリスト教布教の最後の数十年をふたたび私たちの目の前に呼び戻した。彼の描くキリシタンの世紀は1549年から1640年まで、江戸・長崎からローマ・マカオにまで広がり、英語・ドイツ語・日本語で発表された。仕事は、Kirishito-kiSayo yoroku のドイツ語訳(1940年)から、“The Great Martyrdom in Edo 1623”(1954年)のような綿密な殉教研究を経て、“The Case of Christovão Ferreira”(1974年)のような鋭い後期の研究にまで至る。
読みどころ
チースリクは、イエズス会の書簡、日本の記録、オランダの記録をきわめて丹念に照らし合わせた。個々の殉教、宣教師の生涯、主要な改宗者の足跡、そして江戸時代の断片的な年代の流れをたどるうえで、今も信頼できる案内役である。
Nanban.ptで引用している著作

Adam Clulow

15本の記事で17回引用

テキサス大学オースティン校に所属する近世アジア史の研究者で、オランダ東インド会社と徳川期日本に関する研究で知られる。

人物像
アダム・クルロウ(Adam Clulow)は、ヨーロッパの商人が近世アジアを支配したというおなじみの物語をひっくり返す。彼の描く徳川国家は傍観者ではなく、独自の法的・政治的な意図をもって動く一つの勢力である。1600年から1640年の時期に焦点を当て、平戸・長崎から東南アジアにかけてのオランダ東インド会社(VOC)と幕府との軋轢を追う。The Company and the Shogun が描くのもこの物語である。仕事は海上で起きた個々の事件の綿密な研究から、主権や勢力間の法をめぐる大きな問いにまで及ぶ。
読みどころ
クルロウは、オランダとイギリスの東インド会社、そして日本の諸藩の文書史料をもとに、法や外交をめぐる出来事を細部まで丹念に再構成する。近世アジアで海事法が実際にどう機能していたかを知るには、欠かせない書き手である。
Nanban.ptで引用している著作

João Paulo Oliveira e Costa (b. 1962)

16本の記事で16回引用

大航海時代とポルトガルの海外進出を研究するポルトガルの歴史家で、リスボン新大学(NOVA)教授を務め、博士論文では日本のキリスト教を取り上げた。

人物像
ジョアン・パウロ・オリヴェイラ・エ・コスタ(João Paulo Oliveira e Costa)は史料の奥深くまで分け入り、日本のキリシタン共同体をいきいきとよみがえらせる。司教たち、信徒の信心会、そしてそれを取り巻くイエズス会のネットワークである。舞台は「キリシタンの世紀」(1549–1639年)。ルイス・デ・セルケイラ司教(D. Luís Cerqueira)の司教区から、長崎・マカオ航路の日々の運営、迫害に屈しなかった日本の信心会までを描き出す。こうした仕事の大半は1998年から2007年にかけて発表された。その後はポルトガル海外進出のより大きな歴史(2009年の Henrique, o Infante、2014年の História da Expansão e do Império Português)へ、さらに自身が担うユネスコ・チェアの主題である海洋の文化遺産へと視野を広げている。
読みどころ
オリヴェイラ・エ・コスタはイエズス会士の書簡とポルトガル国家の文書館史料にじかにあたり、布教団が実際にどう営まれていたかを、文書一つひとつに即して豊かに描き出す。長崎・マカオ航路の実務や、ポルトガル人司教たちが日本で果たした役割を知るなら、まず彼を読むのがいい。
Nanban.ptで引用している著作

James Murdoch (1856–1921)

14本の記事で14回引用

全3巻の A History of Japan を著し、その一巻を丸ごと日本の初期対外交流の世紀にあてた英国のジャーナリスト、学者。

人物像
ジェームズ・マードック(James Murdoch)は、日本の「キリシタンの世紀」を英語で、しかも壮大なスケールで語った。物語は西洋との接触以前の起源に始まり、徳川の鎖国政策にまで及ぶ。戦国時代から江戸時代初期にかけての宗教と外交のドラマ、すなわち日本の権力とヨーロッパの宣教の野心とが真っ向からぶつかり合うさまを、翻訳されたイエズス会書簡と日本の年代記から組み上げている。全3巻は1903年から1926年にかけて刊行された。
読みどころ
マードックは翻訳されたイエズス会書簡と日本の年代記を織り合わせ、外交と信仰をめぐる豊かで細やかな物語に仕立てた。Isoh Yamagata との協力によって初期の日本側史料も取り込んでおり、その「キリシタンの世紀」の叙述はいまも読みごたえがある。
Nanban.ptで引用している著作

George B. Sansom (1883–1965)

13本の記事で13回引用

A History of Japan が数十年にわたり英語による標準的な日本史入門となった日本学者。

人物像
ジョージ・ベイリー・サンソム(George Bailey Sansom)は20世紀半ばに日本の通史を著し、それは数十年にわたり英語圏の読者が最初に手に取る一冊となった。日本の歩みを政治的統一と文化的連続性の物語として最古の時代から1867年まで描き、武士階級の台頭と徳川の政治体制の形成をたどる。A History of Japan, 1334–1615A History of Japan, 1615–1867 は流れるような叙述による政治史であり、年代の運びにも、時代を形づくった制度と指導者たちの描写にも揺るぎがない。
Nanban.ptで引用している著作

Sanjay Subrahmanyam (b. 1961)

13本の記事で13回引用

近世インド洋を研究するインドの歴史家で、The Portuguese Empire in Asia, 1500–1700 の著者。

人物像
サンジャイ・スブラフマニヤム(Sanjay Subrahmanyam)は、近世のインド洋を、ばらばらの国民史の寄せ集めではなく、交易・外交・文化交流がとぎれなく流れ合う一つのネットワークとして見る。四十年にわたる仕事は、ポルトガル領インド(Estado da Índia)の地域経済史から、ムガル帝国とヨーロッパの世界を結びつける大きな見取り図にまで広がる。その道のりで、ベンガル湾におけるポルトガルの交易、ムガル朝とポルトガルの外交、インド・ペルシア系の旅行記についても筆をとってきた。The Portuguese Empire in Asia, 1500–1700 は、アジアにおけるポルトガル人の政治史と経済史を語る。
読みどころ
スブラフマニヤムはポルトガル語・ペルシア語・オランダ語の史料を突き合わせて読み、ナショナリズムや植民地主義の神話を証拠に照らして問い直す、新鮮な歴史を描き出す。散らばった地域の物語を、つながり合う世界の明快な一枚の絵にまとめ上げる手腕は見事である。
Nanban.ptで引用している著作

Michael S. Laver (b. 1973)

12本の記事で12回引用

鎖国令、対外貿易、日本におけるオランダの外交についての研究を著した、ロチェスター工科大学の徳川期日本の歴史家。

Nanban.ptで引用している著作

Timon Screech (b. 1961)

12本の記事で12回引用

江戸の日本を絵や器物、都市を通して読み解く英国の美術史家で、The Shogun's Silver Telescope の著者。

人物像
タイモン・スクリーチ(Timon Screech)が描く江戸日本では、文字だけでなく絵や造形物が歴史を動かしていく。その仕事は西洋との最初の接触期から江戸時代の最盛期にまで及び、西洋の光学と科学、性愛の図像、そして徳川が支配の正統性を示した都市の象徴体系を取り上げる。英語と日本語の史料を用い、長崎・平戸・江戸の物質文化をじかの証拠として扱う。The Shogun's Silver Telescope は、1600年から1625年にかけてイギリス人が日本を目指した物語を、神と芸術と金をめぐる話としてたどる。
読みどころ
スクリーチは絵と文字史料を織り合わせ、文化の変容をいきいきと語る。とりわけ西洋の影響と、権力の象徴としての都市を論じるときに冴えを見せ、江戸日本の視覚世界がどれほど多くを語りうるかを示してくれる。
Nanban.ptで引用している著作

Donald F. Lach (1917–2000)

11本の記事で11回引用

全3巻の Asia in the Making of Europe で、アジアがヨーロッパの思想をいかに作り変えたかをたどったアメリカの歴史家。

人物像
ドナルド・F・ラック(Donald F. Lach)の仕事は、ただ一つの巨大な事業を軸にしている。1500年から1700年にかけて、アジアの文化・交易・布教がいかにヨーロッパの思想を作り変えたかをたどる全3巻の歴史、Asia in the Making of Europe である。物語は段階を追って進む。Century of Discovery におけるヨーロッパの最初の印象から、Century of Wonder におけるヨーロッパの芸術と科学へのアジアの刻印へ、そして最後に Century of Advance(1993年、エドウィン・J・ヴァン・クレイ(Edwin J. Van Kley)との共著)における地域ごとの概観へ。第1巻(1965年、2分冊)が日本と中国についての枠組みを据えた。
読みどころ
ラックは刊行されたヨーロッパの史料を膨大な規模で集め、比較の目をもってその物語を語った。16・17世紀のヨーロッパ人が日本・中国・インドについてどれほど知っていたのかを知りたければ、彼の諸巻をひもとけばよい。
Nanban.ptで引用している著作

Lúcio de Sousa (b. 1978)

9本の記事で11回引用

近世ポルトガル帝国を研究するポルトガルの歴史家で、とりわけユダヤ人のディアスポラ、異端審問、アジアにおける奴隷貿易に光を当てている。

人物像
ルシオ・デ・ソウザ(Lúcio de Sousa)は、近世イベリア=アジア世界について目を見張る史料群を築き上げた。その中心にあるのは、1543年から1650年にかけて新キリスト教徒の商人、ポルトガル人による奴隷貿易、イエズス会の布教が交わった地点である。舞台はマカオ・マニラ・長崎を結ぶ軸。異端審問の裁判記録とイエズス会書簡を手がかりに、王室の独占の陰で営まれた「影の経済」を描き出す。The Portuguese Slave Trade in Early Modern Japan は、この取引に巻き込まれた商人、イエズス会士、そして日本人・中国人・朝鮮人の奴隷たちを追う。
読みどころ
異端審問の裁判記録とイエズス会の文書館史料は、当時の法と宗教の仕組みに絡め取られた人々の姿を、ソウザに間近から豊かに伝えてくれる。新キリスト教徒の活動については、これらの記録が現存する唯一の手がかりであることも多く、彼はそれを用いて「影の経済」に光を当てる。
Nanban.ptで引用している著作

Mary Elizabeth Berry (b. 1947)

11本の記事で11回引用

戦国・徳川期の日本を研究するアメリカの歴史家で、HideyoshiThe Culture of Civil War in Kyoto の著者。

人物像
メアリー・エリザベス・ベリー(Mary Elizabeth Berry)は、戦国期と徳川期を近代国家へ向かう行進の一段階としてではなく、人々が実際に生きた、現実的な圧力に満ちた世界として、その時代そのものの尺度で捉える。四十年にわたる仕事は、政治的伝記と社会史から文化分析へ、さらに家族のかたちを新たに見直す試みへと進んできた。HideyoshiThe Culture of Civil War in Kyoto は、その澄んだまなざしを秀吉その人と、内乱の時代の京都に向けている。
読みどころ
ベリーは制度的な記録、同業組合の訴願、茶会記、商業案内書といった素材から歴史を足元から組み立てるので、どの議論も物質的・経済的な現実の圧力にしっかりと根ざしている。とりわけ豊臣政権の政治的論理と、京都の町衆のしたたかな強さを論じるときに本領を発揮する。
Nanban.ptで引用している著作

Andrew C. Ross (1931–2008)

10本の記事で10回引用

スコットランドの長老派教会の牧師で、マラウイで宣教師を務め(1958–1965年)、エディンバラ大学の教会史家となって A Vision Betrayed を著した。

人物像
アンドリュー・C・ロス(Andrew C. Ross)は宣教師から歴史家に転じた人として筆をとり、イエズス会の東アジア布教を失敗ではなく、文化的適応の見事な成功として捉えた。それを後に壊したのはヨーロッパの政治であった。A Vision Betrayed(1994年)は1542年から1742年までのイエズス会布教を、日本・中国・マカオ・ゴア・ローマにわたって追い、その歴史を典礼問題と島原の乱を通して読み解く。
読みどころ
ロスは欧米と日本の研究を一つにまとめ上げ、イエズス会の適応戦略を説得力ある物語として描いた。島原の乱を、布教がいかに深く在地社会に根を下ろしていたかの証しとして読む繊細な解釈は、読者に多くを考えさせる。
Nanban.ptで引用している著作

Conrad Totman (b. 1934)

10本の記事で10回引用

近世日本を専門とするアメリカの歴史家で、日本の環境史・森林史の先駆者。イェール大学名誉教授。

人物像
コンラッド・トットマン(Conrad Totman)は、近世日本を丸ごと見わたす。この国をかたちづくったのは、武将や将軍たちと同じくらい、森林と自然の資源でもあったのだ。その著作は戦国の統一戦争から長い徳川の平和を経て幕末の崩壊までをたどり、実際的な問いを投げかけつづける。この国は実際にどう治められていたのか。誰がどの役職に就いていたのか。この国は、みずからを支える資源をどう管理したのか。こうした問いが、Politics in the Tokugawa Bakufu, 1600–1843、伝記Tokugawa Ieyasu: Shogun、そしてEarly Modern Japanを貫いている。
読みどころ
トットマンは日本の文書史料から幕府の職制を一つひとつ組み立て直し、政治を土地そのものと結びつけた先駆者である。複雑な時代をすっきりと見通せるように描き、資源の乏しさから国家の政策へと至る道筋を明快に示してくれる。
Nanban.ptで引用している著作

Georg Schurhammer (1882–1971)

10本の記事で10回引用

多巻本の Francis Xavier: His Life, His Times がフランシスコ・ザビエルの標準的な伝記となっている、ドイツのイエズス会士の歴史家。

人物像
ゲオルク・シュールハマー(Georg Schurhammer)は、徹底した史料的裏づけをもつフランシスコ・ザビエル伝で最もよく知られる。ザビエル、イエズス会の日本布教、ポルトガルの植民地行政こそが、その仕事の中心であった。ドイツ語・英語・ラテン語で、日本・インド・ポルトガル領アジア・ヨーロッパについて書いた。1920年代には神道と宗論を論じ、1940年代と1960年代には書簡の校訂版を作り文献目録を編んだ。そして全4巻のザビエル伝は、ドイツ語で1955年から1973年にかけて、英語で1973年から1982年にかけて世に出た。
読みどころ
シュールハマーはポルトガルをはじめとするヨーロッパの文書館史料を知り尽くし、文献学者の厳密さで読み解いた。聖人伝にまつわる誤りを取り除き、ザビエルの物語を正確で丹念に組み立てられた年代の上に据えている。
Nanban.ptで引用している著作

Jeroen Pieter Lamers (b. 1967)

10本の記事で10回引用

ライデンで学んだ16世紀日本の歴史家で、織田信長の政治的伝記 Japonius Tyrannus を著し、ジョアン・ロドリゲスによる日本の書簡文体に関する論考を翻訳した。

人物像
イェルーン・ピーテル・ラマース(Jeroen Pieter Lamers)の関心はくっきりと絞られている。織田信長の政治的経歴と、16世紀後半の日本におけるイエズス会布教の言語的記録である。扱う時代は安土桃山時代(1568–1600年)で、日本の年代記とポルトガル人宣教師の書簡にほぼもっぱら依拠し、後世に生まれた神話をはぎ取っていく。その仕事には二つの形がある。Japonius Tyrannus で信長の生涯を確かな事実の上に据えた丁寧な総合研究と、ほかの研究者に素材そのものを手渡す一次史料の校訂版である。
読みどころ
ラマースは信長の合戦と改革を、時代錯誤の道徳的裁断を排した、丁寧で正確な年代の流れの中に描き出す。暦日を丹念に補正した綿密な翻訳は、戦国時代の政治史を読むための確かな足場を読者に与えてくれる。
Nanban.ptで引用している著作

John Whitney Hall (1916–1997)

9本の記事で9回引用

幕府と藩についての研究が、近世日本の統治のあり方を知るための標準的な手引きとなったアメリカの日本学者。

人物像
ジョン・W・ホール(John W. Hall)が知りたかったのは、近世日本がいかにして一つにまとまっていたかである。彼にとって中世と徳川の時代は動かない背景ではなく、大名が一つの統治の仕組みに組み込まれ、社会が身分によって秩序づけられていく、絶えざる変化の時代であった。交易と村の暮らしの綿密な研究から出発し、やがて幕藩(bakuhan)体制の土台を見直し、The Cambridge History of Japanにおける広い総合で仕事の集大成を飾った。本拠地としたのは岡山(備前)の藩政史料であり、それがGovernment and Local Power in Japan, 500 to 1700の土台となっている。
読みどころ
ホールは日本の文書史料と日本の研究者の仕事を丹念に読み込み、そこから得たものを、きわめて複雑な政治構造を見通す明快な枠組みに仕上げた。幕府と藩の制度について、その著作は標準的な手引きである。
Nanban.ptで引用している著作

Juan G. Ruiz-de-Medina (1927–2000)

9本の記事で9回引用

日本に約三十年暮らしたスペインのイエズス会士の歴史家。ローマのイエズス会歴史研究所のためにDocumentos del Japón(1547–1562)を編纂した。

Nanban.ptで引用している著作

Takashi Gonoi (b. 1941)

9本の記事で9回引用

日本のキリスト教史(キリシタン史)を専門とする日本の歴史家。東京大学名誉教授で、長く同大学史料編纂所に在籍した。

人物像
司祭たちが追放されたとき、教会はどうなるのか。五野井隆史の仕事は、日本についてこの問いに答えるものである。1549年から戦国から江戸への移り変わりを経て迫害の時代まで、日本のキリスト教をたどり、信徒たちが慈悲の組(Confraria de Misericórdia)のような自らの信徒組織によって信仰を守り抜いたさまを描き出す。イエズス会の書簡や年報を読み、諸修道会を比べながら、布教を支えたイエズス会士ではない奉仕者たちの序列をよみがえらせ、日本からマカオ、トンキン、琉球へとのびる糸をたどっている。
読みどころ
五野井はイエズス会の史料のなかに信徒たちの姿を探し出し、歴史のなかに彼らの居場所を取り戻す。ふだん別々に語られる地域と時代を結びつけ、公然たる布教から潜伏キリシタンまで、信徒による指導が一本の糸としてつながっていることを示してくれる。
Nanban.ptで引用している著作

Josef Franz Schütte (1906–1981)

8本の記事で8回引用

日本布教を研究したイエズス会士の歴史家。ヴァリニャーノの布教方針に関するドイツ語の標準的研究の著者であり、1549–1654年の日本イエズス会の名簿(カタログ)の編者である。

人物像
ヨーゼフ・フランツ・シュッテ(Josef Franz Schütte)は、日本布教の歴史を研究する人々に確かな足場を与えた。物語を語り直すかわりに写本に立ち返り、宣教師たちの原書簡、報告書、協議会の記録を、ラテン語・スペイン語・イタリア語の原文から丹念に翻刻し、校訂したのである。ヴァリニャーノの布教方針に関するドイツ語の二部構成の研究(1951年、1958年)は、1980–85年にValignano's Mission Principles for Japanとして英語の読者にも届いた。続いてラテン語の参考図書が生まれた。Introductio ad historiam Societatis Jesu in Japonia(1968年)と、1549年から1654年までの日本のイエズス会士を記したMonumenta Historica Japoniae I(1975年)の名簿である。
読みどころ
シュッテは未刊行のイエズス会の書簡や報告書を文書館から世に出し、ほかでは見られないことの多い写本を綿密に翻刻した。ヴァリニャーノの「適応」方針を理解するには彼の枠組みが標準的な入り口であり、布教団を率いた人々の年代と名簿は安心して頼ることができる。
Nanban.ptで引用している著作

M. Antoni J. Üçerler (b. 1964)

8本の記事で8回引用

近世の日本と中国におけるキリスト教、およびヨーロッパの海洋進出とアジア進出の時代(15–18世紀)を専門とするイエズス会士の歴史家。

人物像
自身もイエズス会士であるM・アントニ・J・ウチェルレル(M. Antoni J. Üçerler)は、日本布教を文化と知性の真の出会いとして描く。宣教師たちが教え、さらには道徳上の推論までをいかに日本の状況に合わせたのかを問い、宗教・法・「国家理性」をめぐる議論を、ヨーロッパ側と日本側の両方から追いかける。その物語は1549年から1640年まで、戦国時代から徳川初期にわたり、ローマ・イエズス会文書館の写本をはじめ、あまり知られていない日本とヨーロッパの史料の上に築かれている。著書にThe Samurai and the Cross: The Jesuit Enterprise in Early Modern Japanがある。
読みどころ
ウチェルレルは日本とヨーロッパの史料、とりわけローマのイエズス会文書館に深く通じ、稀少な、あるいは未刊行のテキストを惜しみなく翻訳している。聖人伝を繊細な目で読み解き、数十年にわたるイエズス会の事業の内なる論理をたどってみせる。
Nanban.ptで引用している著作

Oka Mihoko (b. 1974)

7本の記事で8回引用

東京大学史料編纂所に所属する日本の歴史学者。ポルトガル語・スペイン語史料を通じた南蛮貿易とキリシタン史の研究を専門とする。

人物像
岡美穂子にとって、キリシタンの世紀(1543–1650年)はポルトガル人の来航にとどまる物語ではない。彼女はそれを、日本の人々、現実的なイエズス会士、そして私的な信用が絡み合い、お金を原動力として動く活気ある網の目として描き出す。20年にわたる研究は、金融の仕組みの細部から、海上ネットワークと印刷史をめぐる広い眺望へと進んできた。その核心は、マカオの記録を含むポルトガル語・スペイン語史料を日本側の文書と突き合わせて読むことにある。著書にThe Namban Trade、そして大航海時代の日本人奴隷を扱ったDaikōkai jidai no Nihonjin doreiがある。
読みどころ
岡は文書から直接に出発し、一つひとつの写本の断片から失われた交易のネットワークを復元する。だからこそ、その議論は確かな精度をもつ。南蛮貿易の背後にあったお金の流れを知るうえで、鋭く、しかも厳密な案内役である。
Nanban.ptで引用している著作

Engelbert Kaempfer (1651–1716)

7本の記事で7回引用

出島でオランダ東インド会社に仕えたドイツ人の医師・博物学者(1690–92年)。死後に刊行されたHistory of Japan(1727年)は、ヨーロッパの日本像を形づくった。

人物像
エンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)は、江戸時代の日本について西洋で最初の体系的な記録を残した。その目は、オランダ東インド会社が手にしていた特権的な足場から日本を見つめている。元禄期の1690年から1692年にかけて、彼は出島貿易の仕組み、会社が毎年行った江戸参府の儀礼、そして東海道沿いの地理を書きとめた。その仕事は三つに分かれる。自らの目で見たもの、死後にThe History of Japanとして刊行された歴史叙述、そして専門的な植物学の遺産である。
読みどころ
ケンペルはすべてを自分の目で見た。出島のオランダ人たち、そして1691年と1692年の江戸参府で訪れた将軍の宮廷である。諸国と諸制度を丹念に記録したその仕事は、出島貿易の仕組みを知るうえで今もまず当たるべき資料である。
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Johannes Laures (1891–1959)

7本の記事で7回引用

東京の上智大学に拠ったドイツ人イエズス会士の歴史家。キリシタン文庫のコレクションを築き、初期キリシタン時代の日本に関する標準的な書誌を編纂した。

人物像
ヨハネス・ラウレス(Johannes Laures)は、日本における初期キリスト教布教の刊本と写本を探し出して目録にまとめようと志し、その成果がKirishitan Bunko: A Manual of Books and Documents on the Early Christian Mission in Japanである。キリシタンと殉教者の数も丹念に見直し、The Catholic Church in Japan: A Short Historyでは一般の読者に向けて教会の歴史を語った。ドイツ語と英語で、ラテン語・ポルトガル語・スペイン語・日本語の史料をもとに、フランシスコ・ザビエルから明治維新までの全体を描いた。その中心には九州・長崎・京都があり、イエズス会のつながりはゴアとマニラにまで及んでいる。
読みどころ
ラウレスのKirishitan Bunkoは今もキリシタン時代の標準的な書誌であり、キリシタン人口と殉教者数についての彼の推計は今日も広く引用されている。ある宣教師文書が存在するのか、そこに何が書かれているのかを知りたいとき、頼るべきはラウレスである。
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A. R. Disney (b. 1938)

6本の記事で6回引用

メルボルンのラ・トローブ大学に拠ったポルトガルおよびエスタード・ダ・インディアの歴史家。A History of Portugal and the Portuguese Empire(2009年)の著者。

人物像
アンソニー・R・ディズニー(Anthony R. Disney)は、世界に広がるポルトガル帝国というロマンあふれるイメージのかわりに、地に足のついた等身大の姿を描き出す。底をつく資金、硬直した規則に縛られた役人たち、そして現場でその場その場の工夫を重ねる人々である。出発点は身近なところ、1978年のモノグラフと、エスタード・ダ・インディアの仕組み、とりわけ胡椒貿易の危機と失敗に終わったインド会社であった。やがて視野を王国とその帝国の全体へと広げ、2009年刊行の2巻本A History of Portugal and the Portuguese Empireで、国の起源から帝国までをたどった。
読みどころ
ディズニーはエスタード・ダ・インディアの財政難をめぐる確かな事実を示し、その行政がいかにつまずいていったかを一歩ずつ明らかにする。アジアにおけるポルトガル人の背後にある経済の物語を知りたい読者にとって、確かな足場となる。
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Leonard Blussé (b. 1946)

5本の記事で6回引用

アジアとヨーロッパの関係を専門とするオランダの歴史家。2011年までライデン大学教授を務め、オランダ東インド会社(VOC)、バタヴィアの華人社会、台湾、出島に関する研究で知られる。

人物像
レオナルド・ブリュッセ(Leonard Blussé)は、近世アジアのおなじみの構図をひっくり返す。ヨーロッパ人が支配し、アジアは停滞していたという見方のかわりに、海に生きた中国の人々と、現実的なオランダ東インド会社(VOC)を物語の中心に据えるのである。1980年代以降、社会史のStrange Company(1986年)、植民地の離婚劇を描いたBitter Bonds(2002年)、三つの港を描いたVisible Cities(2008年)を著し、並行してゼーランディア日誌や出島商館日誌などVOC自身の記録を刊行してきた。その舞台は17・18世紀のシナ海域であり、バタヴィアと台湾から広州、長崎にまで広がっている。
読みどころ
ブリュッセはVOCの文書館を決議録に至るまで知り尽くし、中国側・日本側の史料を織り込んで、物語のなかでアジアにふさわしい位置を与える。入り組んだ交易ネットワークと会社の意思決定を生き生きとよみがえらせ、政策が現実の共同体の暮らしをどう形づくったかを示してくれる。
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Nagazumi Yōko (1930–2023)

6本の記事で6回引用

近世の対外関係と貿易を専門とする日本の歴史学者。東京大学教授を務め、平戸オランダ商館の日記を翻訳した。

Nanban.ptで引用している著作

Neil McMullin (b. 1940)

6本の記事で6回引用

日本宗教の研究者。Buddhism and the State in Sixteenth-Century Japan(1984年)で、織田信長による仏教寺院への軍事行動を新たな目で見直した。

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Olof G. Lidin (1926–2018)

6本の記事で6回引用

スウェーデンの日本学者。1972年からコペンハーゲン大学教授を務め、荻生徂徠の研究、ならびに種子島と鉄砲伝来の研究で知られる。

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Thomas Nelson

6本の記事で6回引用

"Slavery in Medieval Japan"(Monumenta Nipponica、2004年)の著者。中世日本における隷属と人身売買を論じた、広く引用される研究である。

Nanban.ptで引用している著作

Arturo Giráldez (b. 1952)

4本の記事で5回引用

カリフォルニア州ストックトンのパシフィック大学で教授を務めるスペインの歴史家。近世の太平洋とグローバル化の起源を探っている。

人物像
アルトゥーロ・ヒラルデス(Arturo Giráldez)は、16世紀の太平洋をヨーロッパのフロンティアとしてではなく、中国の銀への渇望が生み出した市場として見る。その仕事は二つの章に分かれる。デニス・O・フリン(Dennis O. Flynn)と書いた第一の章では、世界貿易は1571年、マニラの建設とともに生まれたという、通説に挑む大胆な議論を打ち出した。第二の章では、太平洋全体をひとつのまとまった歴史として描き出した。
読みどころ
ヒラルデスは経済理論を歴史の記録に厳密に当てはめ、グローバル貿易がどう始まったかについて、明快で検証可能なテーゼを打ち出す。アジアとアメリカ大陸の貨幣史を織り合わせ、環太平洋がひとつの経済世界として動いていた姿を見せてくれる。
Nanban.ptで引用している著作

Birgit Tremml-Werner

4本の記事で5回引用

ストックホルム大学のグローバル・ヒストリー上級講師。近世の外交と太平洋交易を研究し、Spain, China, and Japan in Manila, 1571–1644で知られる。

Nanban.ptで引用している著作

Grant K. Goodman (1924–2014)

5本の記事で5回引用

カンザス大学に拠ったアメリカの近代日本史家。日本とフィリピンの関係、そして徳川時代の日本におけるオランダ人の研究で知られる。

人物像
グラント・K・グッドマン(Grant K. Goodman)の仕事は、まるで異なる三つの物語にまたがる。太平洋と東南アジアにおける日本の帝国、徳川時代の日蘭文化交流、そして連合国による占領である。1967年からは二つのテーマを並行して追った。ひとつは太平洋戦争の前から戦時中にかけての日本とフィリピン・東南アジアとの関係、もうひとつは徳川日本におけるオランダ人とRangaku(蘭学)だ。後者はまずThe Dutch Impact on Japan(1967年)として世に出て、Japan: The Dutch Experience(1986年)として改訂され、Japan and the Dutch, 1600–1853(2000年)として再び刊行された。2005年には学問をいったん脇に置き、占領期を自らの体験から描いた回想録America's Japan: The First Year, 1945–1946を著した。
読みどころ
グッドマンはRangakuをめぐる日本側の史料をまとめ上げ、広く明快な全体像を描き出す。大きな思想を、それを取り巻く具体的な出来事にしっかり結びつけるのも持ち味だ。オランダ人が徳川日本に残した足跡をじっくり知りたいなら、彼を読むといい。
Nanban.ptで引用している著作

Iwao Seiichi (1900–1988)

3本の記事で5回引用

近世日本の対外関係史を専門とする日本の歴史学者。朱印船と東南アジアの日本町の研究で知られる。

人物像
岩生成一は、1543年から1640年までの交易と外交の仕組みを史料から根気強く復元し、南蛮研究が今も拠って立つ土台を築いた。東南アジアの日本町を扱ったNanyō Nihon-machi no kenkyū(南洋日本町の研究、1940年)と、朱印船貿易を扱ったShuinsen bōeki-shi no kenkyū(朱印船貿易史の研究、1958年)から出発し、やがて叙述的なSakoku(鎖国、1966年)や、Dictionnaire historique du Japonのような参考図書へと進んだ。彼の大きなテーマは朱印船、日本とオランダ東インド会社との関係、そして東南アジアの日本人社会であり、フィリピン、オランダ領台湾、バタヴィア、長崎をつねに視野に収めていた。
読みどころ
岩生は多言語の史料を読みこなし、オランダ東インド会社の記録から幕府自身の文書までを用いて、今もこの分野の標準である事実の枠組みを築いた。物語に登場する人々を一人ひとり丹念にたどったので、彼の著作に現れる名前はどれも確かな足場の上に立っている。
Nanban.ptで引用している著作

Kiri Paramore

5本の記事で5回引用

近世・近代日本の宗教と政治イデオロギーの歴史家。ユニバーシティ・カレッジ・コークのアジア研究教授で、以前はライデン大学に在籍した。

Nanban.ptで引用している著作

Lorenzo Pérez (1867–1937)

5本の記事で5回引用

自らの修道会のフィリピン管区の歴史を研究したスペイン人フランシスコ会士。日本布教にかかわるフランシスコ会の書簡や報告を校訂し、雑誌Archivo Ibero-Americanoに掲載した。

Nanban.ptで引用している著作
  • Cartas y relaciones del Japón · 3本
  • “Apostolado y martirio del B. Luis Sotelo en el Japón”, in Archivo Ibero-Americano · 1本
  • Fray Juan Pobre de Zamora: su relación sobre la pérdida del galeón «San Felipe», y martirio de San Pedro Bautista y compañeros · 1本

Peter Nosco (b. 1950)

5本の記事で5回引用

近世日本思想史の研究者。ブリティッシュ・コロンビア大学名誉教授で、儒学、国学、潜伏キリシタンの研究で知られる。

人物像
ピーター・ノスコ(Peter Nosco)は、徳川日本を硬直的で排外的な社会とみる見慣れた像を解体してみせる。30年にわたって、その仕事は儒学と国学のテクストの精読から秘密の社会学へ、さらにアイデンティティと個人性の歴史へと歩みを進めてきた。核心にあるのは国学(Kokugaku)の新たな読み直しで、国学を原ナショナリズムとしてではなく、意味を求める豊かで多面的な探究として捉える。これが1990年の著書Remembering Paradiseの主題である。秘密をめぐる研究は日本の「潜伏」キリシタンへと向かい、彼らがどのように伝統を伝えてきたかを探っている。
読みどころ
ノスコは文献学者の丁寧さに社会理論の洞察を重ね、徳川期の知的世界をその複雑さのまま生き生きと描き出す。近代ナショナリズムを近世のテクストに読み込むことは決してないので、単純化された物語の先へ導いてくれる確かな案内役だ。
Nanban.ptで引用している著作

Shūsaku Endō (1923–1996)

5本の記事で5回引用

日本のカトリック作家。Silence(沈黙、1966年)で17世紀日本の迫害と棄教に正面から向き合い、Tetsu no Kubikase(鉄の首枷)では小西行長の生涯を描いた。

Nanban.ptで引用している著作
  • Silence · 4本
  • Tetsu no Kubikase: Konishi Yukinaga Den · 1本

William Lytle Schurz (1886–1962)

5本の記事で5回引用

アメリカのラテンアメリカ史家。そのThe Manila Galleon(1939年)は、アカプルコ=マニラ間の交易を初めて本格的に論じた研究である。

Nanban.ptで引用している著作

2回以上引用された全著者

Anthony Farrington (1939–2008)

4本の記事で4回引用

イギリスの文書館員・歴史家。大英図書館のインド省コレクション(India Office Collections)の責任者を務め、The English Factory in Japan, 1613–1623を校訂・刊行した。

António Francisco Cardim (1596–1659)

4本の記事で4回引用

ポルトガル人のイエズス会士、宣教師・司祭。Batalhas da Companhia de Jesusをはじめとする著作で、同会の日本管区とその殉教者たちを記録した。

  • Batalhas da Companhia de Jesus na sua gloriosa Provincia do Japão · 1本
  • Elogios e ramalhete de flores borrifado com o sangue dos religiosos da Companhia de Jesus · 1本
  • Fasciculus e Iaponicis Floribus · 1本
  • Relatione della Provincia del Giappone · 1本

Edwin J. Van Kley (1930–2002)

4本の記事で4回引用

グランドラピッズのカルヴィン・カレッジの歴史家。ドナルド・F・ラック(Donald F. Lach)とともにAsia in the Making of Europe第III巻(1993年)を著した。

Fernão Mendes Pinto (1509–1583)

4本の記事で4回引用

ポルトガルの探検家・著述家。英語ではThe Travels of Mendes Pintoとして知られるPeregrinaçãoは、彼の遍歴を生き生きと語る物語である。

Haruko Nawata Ward

3本の記事で4回引用

コロンビア神学校の教会史教授。日本のキリシタンの世紀における女性の宗教指導者たちに光を当てる。

Ishii Yoneo (1929–2010)

2本の記事で4回引用

タイと東南アジアを専門とする日本の歴史学者。シャムと日本の関係や、Tōsen fusetsu-gaki(唐船風説書)に記録されたジャンク船貿易を探究した。

  • Material Exchange without Human Contact: Pre-modern Japan–Southeast Asian Relations · 1本
  • “Seventeenth Century Japanese Documents about Siam”, in Journal of the Siam Society · 1本
  • “Siam and Japan in Pre-Modern Times: A Note on Mutual Images”, in Multicultural Japan: Palaeolithic to Postmodern · 1本
  • The Junk Trade from Southeast Asia: Translations from the Tōsen Fusetsu-gaki, 1674–1723 · 1本

James C. Boyajian (b. 1949)

4本の記事で4回引用

ポルトガル帝国とイベリア世界の経済史を研究するアメリカの歴史家。Portuguese Trade in Asia under the Habsburgs, 1580–1640の著者である。

Malyn Newitt (b. 1940)

4本の記事で4回引用

イギリスの歴史家。ロンドン大学キングス・カレッジで初代のチャールズ・ボクサー記念歴史学教授を務め、A History of Portuguese Overseas Expansion, 1400–1668を著した。

Ōta Gyūichi (1527–1613)

4本の記事で4回引用

織田信長に仕えた武士。信長の生涯を伝える主要な年代記Shinchō kōki(信長公記)を書き残した。

Peter D. Shapinsky (b. 1974)

3本の記事で4回引用

イリノイ大学スプリングフィールド校に拠る中世後期日本の歴史家。そのLords of the Seaは、瀬戸内海の海賊たちを生き生きとよみがえらせる。

Adriana Boscaro (1935–2022)

3本の記事で3回引用

ヴェネツィアのカ・フォスカリ大学の日本学者。秀吉の私信を翻訳し、天正遣欧使節を扱ったヨーロッパの刊行物の書誌を編んだ。

Anthony J. Bryant (1961–2013)

3本の記事で3回引用

日本で働いたアメリカの著述家・編集者。武士の甲冑と戦いについて書き、オスプレイ社のSekigahara 1600: The Final Struggle for Powerなどを著した。

Hugo Grotius (1583–1645)

2本の記事で3回引用

オランダの法律家・学者で、Mare Liberum と、捕獲と戦利品の法を論じた注解 De Jure Praedae の著者である。

  • Commentary on the Law of Prize and Booty (De Jure Praedae) · 1本
  • De Jure Praedae Commentarius · 1本
  • Mare Liberum · 1本

Josef Wicki (1904–1993)

3本の記事で3回引用

Documenta Indica とルイス・フロイスの História de Japam を編んだ、ローマのイエズス会歴史研究所のスイス人イエズス会士・宣教史家である。

Juan Gil (b. 1939)

3本の記事で3回引用

セビーリャ大学のスペイン人ラテン語学者で、スペイン王立アカデミー(Real Academia Española)会員。そのHidalgos y samuraisは、スペインと日本の接触を掘り下げる。

Kentarō Miyazaki (b. 1950)

3本の記事で3回引用

日本の宗教学者。長崎純心大学の元教授で、カクレキリシタンの研究で知られる。

  • Handbook of Christianity in Japan · 1本
  • Kakure Kirishitan no shinkō sekai · 1本
  • “The Kakure Kirishitan Tradition”, in Handbook of Christianity in Japan · 1本

Liam Matthew Brockey (b. 1972)

3本の記事で3回引用

ミシガン州立大学のアメリカの歴史家で、ポルトガル帝国とアジアのイエズス会を研究する。そのJourney to the Eastは、イエズス会の中国布教をたどる。

Marius B. Jansen (1922–2000)

3本の記事で3回引用

プリンストン大学で教えたアメリカの近代日本史家。The Making of Modern Japan(2000年)の著者。

Pedro Morejón (1562–1639)

3本の記事で3回引用

1590年から1614年の追放まで日本で活動したスペイン人イエズス会士。のちにマカオのイエズス会学院の院長となり、日本のキリシタンに対する迫害を記録した。

Rafael Valladares (b. 1965)

3本の記事で3回引用

マドリードのスペイン高等科学研究院(CSIC)歴史研究所に所属するスペインの歴史家。スペイン君主国と1640年のポルトガルの反乱を専門とする。

  • A Independência de Portugal: Guerra e Restauração, 1640–1668 · 1本
  • La conquista de Lisboa: violencia militar y comunidad política en Portugal, 1578–1583 · 1本
  • La Rebelión de Portugal: Guerra, Conflicto y Poderes en la Monarquía Hispánica, 1640–1680 · 1本

Rômulo da Silva Ehalt

3本の記事で3回引用

アジアにおけるポルトガル・スペイン両帝国のイエズス会を研究するブラジルの歴史家。近世日本におけるイエズス会と奴隷制の研究で知られる。

Takase Kōichirō (b. 1936)

3本の記事で3回引用

日本の歴史家で、慶應義塾大学名誉教授。キリシタン時代と、イエズス会の布教団による経済的・政治的活動を専門とする。

Yakichi Kataoka (1908–1980)

3本の記事で3回引用

長崎出身の日本のカトリック史家。Nihon Kirishitan Junkyōshi(日本キリシタン殉教史)でキリシタンの殉教者たちの歴史を描き、浦上崩れも研究した。

A. H. de Oliveira Marques (1933–2007)

2本の記事で2回引用

中世から20世紀に至るポルトガル史を総合的に描いた歴史家で、政治の歩みを経済データと社会の構造に根ざして語る。

A.J.R. Russell-Wood (1939–2010)

2本の記事で2回引用

ウェールズ生まれの歴史家で、ジョンズ・ホプキンズ大学で植民地期ブラジルとポルトガル帝国を研究し、その A World on the Move(1992)は三大陸にわたるポルトガル人の足跡をたどっている。

  • A World on the Move: The Portuguese in Africa, Asia, and America, 1415–1808 · 1本
  • The Portuguese Empire, 1415–1808: A World on the Move · 1本

Akihiko Watanabe

1本の記事で2回引用

大妻女子大学の西洋古典学者で、ネオラテン文学と古典受容をめぐるその研究は、日本人キリシタンによる、また日本人キリシタンのためのラテン語文献にまで及ぶ。

  • “Magdalen College MS. 228 and the Kirishitan Bunko Library Guia do Pecador: Further Traces of Kirishitan Neo-Latin”, in Guia do Pecador · 1本
  • “Neo-Latin in 17th Century Japan: Two Epistles from Japanese Seminarians to the Jesuit Superior General (ARSI Jap.Sin.33.75, 78)”, in JASCA · 1本

Bardwell L. Smith (1925–2022)

2本の記事で2回引用

カールトン大学のアメリカ人仏教・アジア宗教研究者で、ジョージ・エリソン(George Elison)とともに Warlords, Artists, and Commoners(1981)を共編した。

Benjamim Videira Pires (1916–1999)

2本の記事で2回引用

ミランデラ生まれのポルトガル人イエズス会士で、1949年からマカオに暮らし、マカオ・マニラ間の貿易をはじめ、その歴史について数多くの著作を残した。

Carla Tronu Montané

1本の記事で2回引用

近世日本におけるキリスト教布教の歴史家で、SOAS(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院)での博士論文(2012)において、1569–1643年のキリシタンの町長崎における聖なる空間と儀礼を研究した。

  • Sacred Space and Ritual in Early Modern Japan: The Christian Community of Nagasaki (1569–1643) · 1本
  • “The Rivalry between the Society of Jesus and the Mendicant Orders in Early Modern Nagasaki”, in Agora: Journal of International Center for Regional Studies · 1本

Donald Keene (1922–2019)

2本の記事で2回引用

アメリカ生まれの日本文学研究者・翻訳家で、コロンビア大学で五十年以上にわたって教え、2012年に日本国籍を取得した。

Ernest Mason Satow (1843–1929)

2本の記事で2回引用

イギリスの外交官・日本学者で、1895年から1900年まで駐日公使を務め、日本におけるイエズス会の布教用印刷(キリシタン版)について先駆的な研究も残した。

  • The Jesuit Mission Press in Japan, 1591-1610 · 1本
  • The Voyage of Captain John Saris to Japan, 1613 · 1本

François Caron (1600–1673)

2本の記事で2回引用

ブリュッセル生まれのユグノーで、オランダ東インド会社に三十年にわたって仕えて日本商館長を務め、のちにフランス東インド会社を率いた。

Frederik Cryns (b. 1970)

2本の記事で2回引用

オランダとイギリスの文書館史料から近世日本を読み解く歴史家で、脚色された物語を正し、徳川政権の対外政策を動かした実利的な貿易の論理を浮かび上がらせる。

Fujiki Hisashi (1933–2019)

2本の記事で2回引用

立教大学名誉教授を務めた日本中世史家で、秀吉の「平和令」をめぐる学説(豊臣平和令論)と刀狩りの研究で知られる。

  • Katanagari: Buki o fūin shita minshū · 1本
  • Toyotomi Heiwa-rei to Sengoku Shakai · 1本

Gwyn McClelland

1本の記事で2回引用

長崎・浦上のカトリック共同体の被爆者たちの声に耳を傾け、その口述証言から原爆の記憶のありようを探る歴史家である。

  • “Urakami Memory and the Two Popes: The Disrupting of an Abstracted Nuclear Discourse”, in Religions · 1本
  • “Valuing the Urakami Cathedral after the Atomic Bombing: Fundraising and Social Rupture in Nagasaki”, in Journal of Cultural Economy · 1本

Jesús López-Gay (1929–2017)

2本の記事で2回引用

16世紀の日本におけるイエズス会布教を研究したイエズス会士の歴史家で、宣教師たちが改宗者をどう導き、神学をどう適応させ、日本人聖職者をどう育てたかを掘り下げた。

  • El Catecumenado en la Misión del Japón del s. XVI · 1本
  • “Father Francesco Pasio (1554–1612). And His Ideias about the Sacerdotal Training of the Japanese”, in Bulletin of Portuguese–Japanese Studies · 1本

John E. Wills (1936–2017)

2本の記事で2回引用

南カリフォルニア大学に在籍したアメリカの中国史・海域アジア史家で、中国と海洋ヨーロッパ諸国との関係の研究で知られる。

  • “Maritime Asia, 1500–1800: The Interactive Emergence of European Domination”, in American Historical Review · 1本
  • Pepper, Guns, and Parleys: The Dutch East India Company and China, 1662–1681 · 1本

Katarzyna J. Cwiertka (b. 1968)

2本の記事で2回引用

ポーランド生まれの日本食文化史・近代日本史の研究者で、ライデン大学で近代日本研究講座の主任教授を務め、Modern Japanese Cuisine を著した。

Kenneth R. Andrews (1921–2012)

1本の記事で2回引用

イングランドの海洋事業を研究したイギリスの歴史家で、ハル大学教授を務め、エリザベス朝期の私掠の研究で知られる。

  • Elizabethan Privateering: English Privateering During the Spanish War, 1585–1603 · 1本
  • Trade, Plunder and Settlement: Maritime Enterprise and the Genesis of the British Empire, 1480–1630 · 1本

Kenneth R. Robinson (b. 1962)

1本の記事で2回引用

朝鮮王朝前期と日朝関係を研究する歴史家で、東京の国際基督教大学で歴史学教授を務める。

  • “From Raiders to Traders: Border Security and Border Control in Early Chosŏn, 1392–1450”, in Korean Studies · 1本
  • “The Jiubian and Ezogachishima Embassies to Chosŏn, 1478–1482”, in Chōsenshi kenkyūkai ronbunshū · 1本

Louis Delplace (1843–1928)

2本の記事で2回引用

フランシスコ・ザビエルから殉教の時代までをたどる全2巻の Le catholicisme au Japon(1909–1910)を著した、ベルギー人イエズス会士の歴史家である。

Mikael S. Adolphson (b. 1961)

2本の記事で2回引用

寺院勢力と僧兵の研究で知られるスウェーデン出身の前近代日本史家で、ケンブリッジ大学の経団連日本学講座教授を務める。

  • The Gates of Power: Monks, Courtiers, and Warriors in Premodern Japan · 1本
  • The Teeth and Claws of the Buddha: Monastic Warriors and Sōhei in Japanese History · 1本

Paulo Jorge de Sousa Pinto (b. 1966)

2本の記事で2回引用

リスボン新大学(NOVA)のCHAMに所属するポルトガルの歴史家で、東南アジア、とりわけマラッカのポルトガル人と、アジアにおけるポルトガルとカスティーリャの関係を研究している。

  • No Extremo da Redonda Esfera: Relações luso-castelhanas na Ásia, 1565–1640 · 1本
  • The Portuguese and the Straits of Melaka, 1575–1619: Power, Trade, and Diplomacy · 1本

Pierre-François Souyri (b. 1952)

2本の記事で2回引用

INALCO(フランス国立東洋言語文化学院)とジュネーヴ大学で教え、1999年から2003年まで東京の日仏会館(Maison franco-japonaise)を率いた、フランスの日本史家である。

Shizuo Tsuji (1933–1993)

2本の記事で2回引用

大阪の辻調理師専門学校グループを創設した日本の料理教育者で、Japanese Cooking: A Simple Art(1980)の著者である。

Tadao Doi (1900–1995)

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キリシタン時代の文献を専門とする日本の言語学者で、イエズス会の日葡辞書 Vocabulario da Lingoa de Iapam の日本語訳(1980)を主導した。

  • Hōyaku Nippo jisho · 1本
  • Kirishitan Gogaku no Kenkyū · 1本

Tatiana Seijas

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植民地期メキシコの歴史家で、その Asian Slaves in Colonial Mexico(2014)は、マニラ・ガレオン船で太平洋を越えて連れて来られ、「チーノ」(chinos)と呼ばれたアジア人奴隷たちの足跡をたどる。

W. Z. Mulder

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オランダ東インド会社の平戸商館の歩みを描いた Hollanders in Hirado, 1597–1641(Haarlem, 1985)の著者である。